木工をこころざした瞬間




『うん。木工、やろう』


そう決意した、あの瞬間は、
いまなお、あざやかな記憶だ。


何年も前。
東京にいたころ。
ある朝。
仕事に向かう前、二子玉川のミスタードーナツで。

オールドファッションのドーナツ、
ソーセージのパイ。
2杯のコーヒーで、ゆっくり、朝食をとって。

当時、雑誌の編集者をしていた。
アサは、スローに始めるのが流儀だった。

で。
そろそろシゴトすっかな、と、店を出て。

二子玉川から、用賀に向かって。
小学校と、小さな戸建て住宅のあいだの
狭くもなく、広くもない道を、
てくてくと、歩いていた。

そのとき。

ふと、見上げれば。


初夏の雨上がりの空。

プティ・シュークリームのような雲が、いくつも浮かび、
風力に従い、一定の速度で、リニアに動いている。


雲の群れは、画面右奥から、左手前へ。
カメラのレンズに、
ブルーのフィルターを取り付けたかのように、
シャープに、ノーブルに映っていた。



前から。ずっと前から。

木工をやろう、とは思っていた。
木でものを作って、生きていきたいと思ってた。

でも、

『どんなものを作るか?』

イメージは、漠然としていた。


あのとき、雨上がりの二子玉川。
シャープで、ノーブルな空を前に。

『あ。これだ……』と。


その風景は、現実の風景だったけど。
結果的に、心象風景に昇華したような気もする。

あのフィーリング。
ときどき、にじみ出てくる。


それは。
プロダクトを設計するとき、
製品をひとつひとつ、形づくるとき、
フィニッシュ・ワークをするとき、

そんなときの指針となっている。


12/06/11 edaha-012


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