必要なのは、アイディア






起動ボタンを押せば、軽快な和音が響く。

そこからして、センスがいい。

それがアップルの「マッキントッシュ」の
ファースト・インプレッションだった。


時は…20世紀も、残り数年となったころ。
料理の世界から足を洗い、本の編集者となった。

出版の世界は、制作面で大きな変革期を迎えていた。

「DTP」(DeskTop Publishing)というキーワードが、
あちこちで語られていた。

机上のコンピューター上で制作すれば、
制作・製作時間の短縮、コストの圧縮ができる。

版下いらずで、刷版を起こすことができる。
写真も、文字情報もすべてデータ化して、
熟練した職工の技術を必要としない。

いまとなっては常識だけど、当時は夢のような話だった。

その夢を叶えてくれるためのツールが
マッキントッシュだった。


新人で、従来のやり方に染まっていない私は、
そのDTPに、深くかかわることになった。

技術とプロセスがまだ確立していなかったので、
手さぐりな部分が多かったし、
分業体制もあいまいで、幅広い知識が求められた。

編集部に唯一、1台あるマッキントッシュ、
「Power Mac 8500/120」の前に座る時間が多かった。

DTPのやりかたが不安定なら、
このPower Macも、不安定な機材で、
とにかく、泣かされた。

突然カタまったり、いきなりクラッシュ…。
そのたびに、Macを再起動させるたびに鳴る、起動音。
両手で、頭をかきむしりつつ聞く、軽快で美しい和音の起動音。


最初は、泣く泣くやっていた。
デザイナーやイラストレーターが仕上げた誌面や、
イラスト、地図の修正、直し……。
だれもやらないから、オレがやる。やるしかなかったから。

苦しんでいるうちに、
いろいろできるようになって、
楽しくなってきた。

とくに、ドローイング。
絵や図形を描く機能は素晴らしくて、
時を忘れるほど、夢中になった。

いつしか。
誌面の見本や、地図の仕様などを作れるようになった。

いつしか。
アート・ディレクションやデザインまで、やるようになった。

楽しかった。

当時、旅行ガイドブックを手がけていた。
ガイドである以上、情報の量やクオリティが大事になるが、
そのデザインについては、なみなみならぬ情熱を注いだ。


『これからは、デザインの時代だ』
そう確信していたからだ。

そこに、ガイドブックにありがちだった、
たんなる情報の羅列を打破するために。
「親切さと便利さ」を、アイディアとして盛り込んで。

「新しいアイディア、研ぎ澄ましたデザイン」
そんな斬新な旅行ガイドブックを世に送り出した。


大ヒットしたものもあるし、ハズしたものもある。

そんな、大いなる実験を大目にみてくれた
古巣(会社)には、感謝している。


いまも、そんなこころざしで、木工の仕事をしている。

「新しいアイディア、検討を重ねたデザイン」

いまもむかしも。ものをつくるとき。
出発点には、必ずといっていいほど、アイディアがある。
そして、そのアイディアに則して、
適切なデザインを導き出し、パッケージする。

そういうやりかたが、好きだ。
そういうやりかたしか、できない。


先日、この世を去った、
アップル社のスティーブ・ジョブズ。
抜粋だが、氏が遺した言葉を紹介したい。



 まず必要なのは “世界に自分のアイディアを広めたい” という思いなのだ。



11/10/14 edaha-010

木工クリエイター・川原一木 その思考の脈略
カズキの枝葉