ある日のこと。 美ヶ原温泉で、そばとラーメンを食べました。 といっても、 そば屋さんとラーメン屋さんをハシゴしたわけではない。 ひとつの店で食べたのですよ。 温泉街にその店はある。 たたずまいはいたって普通。 というか、かなり古びている。 が、そばとラーメンが、いずれも美味い。 そばのほうがうまいか？ ラーメンのほうがうまいか？ そしてきょうは、どっちにすればいいのか？ 迷ってしまう…。 ほんでもって 「え〜い、どっちも食っちまえ！」 というわけで、 「もりそばとラーメンのセット」という、 めちゃくちゃなオーダーがまかり通る。 もりそばをズズーッとすすって、 蕎麦湯をズズッと飲んだタイミングで ラーメンが出てくる。 その日は店に昼どき前に着いたが、すでに満席のよう。 待ち客用のベンチには、 おばあちゃんがポツンと、ひとり座っていた。 「おばあちゃん食べたの？」 「いいや、まだよ」 彼女と一緒のベンチで空席を待つ。 御歳は70ぐらいか。 背中は曲がり、とってもちっちゃい。 そして、チャーミング。 どことなく、劇作家の平田オリザさんに似ている。 近くに住んでいるとのこと。 この店でそばを食べ、温泉に入ることが、 何よりの健康法だという。 ならびの席が2つ空いたので、 彼女の横に座らせてもらい、世間話。 松本に越して60年。 出身は東京浅草。 太平洋戦争による疎開で移り住み、 そのまま、ここで暮らすことになったという。 この地で暮らしはじめた私に、 良かったこと、苦労したこと、 思い出話の断片を話してくれる。 もりそばがやってきた。 ちっちゃなおばあちゃん。そば猪口はテーブルの下。 さも愛おしそうにそばを食べる。 そのしぐさ、心あたたまる風景。 店のテレビから、NHKのど自慢が流れる。 いまなお、６人の家族の面倒を見ているという彼女。 きょうは週に一度の休息日なんだって。 いやぁ。生きるって素晴らしいねぇ。 ■ 2008/05/27 ■     archivesIllustration：Motoko Umeda |
